「地政学・経済安全保障リスクサーベイ 2024」(以下、本調査)は、激動する地政学的情勢のなかでリスクが増大するなか、日本企業の取組みと課題を明らかにし、今後の海外事業戦略やサプライチェーン戦略、組織・業務設計の検討に資する情報を提供するために、KPMGコンサルティング株式会社とトムソン・ロイター株式会社の共同で実施しました。
企業経営における重要なテーマとして注目されている地政学・経済安全保障リスクに焦点を当て、国際情勢がビジネスに与える影響やリスクへの対応策の動向を考察しました。
※以下の内容は、2023年12月調査時点の結果であることを、予めお断りします。
1.リスク対応に向けた施策
【経済安全保障に関する専門部署の設置状況(設置していない場合、担当部署)】
回答企業の56.1%が経済安全保障に関する組織・業務全般における課題として、「情報収集・リスク評価」を挙げています。情報収集・リスク評価は、リスクに応じた施策を策定するための基礎であることから、継続かつ確実に実行される仕組みづくりが望まれます。
【経済安全保障に関する組織・業務全般における課題】
(2)懸念されるリスクと対応上の課題
回答企業の64.3%が「台湾情勢の緊迫化」を特に影響が懸念される地政学・経済安全保障関連リスクとして挙げています。
「中国による貿易管理規制強化」と「米国による対中規制強化」といった米中間の規制の応酬も過半数を占めました。米中関係にかかわる事象が、懸念リスクに挙げられる傾向がうかがわれ、特に製造業においてその傾向が強く見受けられました。
【特に影響が懸念される地政学・経済安全保障リスク】
リスクの洗い出しや対応策の策定に関して、過半数の企業は外部環境分析で課題を感じているもののノウハウがなく、人材も不足している状況が浮き彫りになりました。「外部機関との連携」や「事業部門との連携」に課題を感じている企業も2割超あります。
1年以内に重点的に取り組む地政学・経済安全保障リスク対応として、4割超の企業がリスクの評価・シナリオ分析と管理体制の整備・見直しを挙げています。今後、リスク評価の結果を踏まえた管理体制の見直しなどが進むことが想定されます。
(3)リスクを踏まえた経営判断
投資判断および撤退判断における地政学・経済安全保障リスクを踏まえた施策として、意思決定基準に関する規定・マニュアル等の策定を挙げた企業は約1割です。リスク評価やモニタリングは実施しているものの、ルール化やマニュアル策定には課題があるとみられます。
予兆管理※において、各事業部門や経営幹部と連携していると回答した企業は約2割以下にとどまりました。各事業部門のニーズの把握や経営幹部への報告を体系的に実施している企業は限られ、さらに、カントリーリスクを定量化して確認している企業はごく少数であることがわかりました。
※予兆管理:リスク事象発生につながる兆候を把握するための取組み
(4)サプライチェーンリスク管理施策と課題
サプライヤーに対するリスク評価の視点として、45.7%の企業が「財務やコンプライアンス面での信用力を評価」を挙げています。しかし、地政学・経済安全保障リスクの観点から評価している企業は3割以下となっており、懸念される一方で、これらのリスク評価の実施は遅れていることが判明しました。
地政学・経済安全保障の観点から、「サプライチェーンの可視化」を課題に挙げた企業が約4割で最多となりました。その後の段階にあたるリスクシナリオや対応策の策定に課題を抱える企業も比較的多く、対応は道半ばです。特に、台湾情勢の緊迫化を懸念している企業において、その課題意識が強い傾向がみられます。
【サプライチェーンリスク対応上の課題】
地政学・経済安全保障リスクが高まり、重要物資の供給途絶を懸念する声があります。そのなかでも、台湾が主要な生産拠点である半導体(33.5%)や、中国が大きな世界シェアを誇り、EVなどで需要拡大が予想される重要鉱物(23.8%)が上位に挙がっています。特に製造業において、その傾向が強いことが見受けられます。
【供給途絶を懸念している重要物資】
半導体および重要鉱物の供給途絶を懸念している企業は、在庫管理や調達先の分散・多元化などに力を入れていることがわかりました。なお、現在は1割程度であるものの、今後、リサイクル(サーキュラーエコノミー)の活用が広がるかが注目されます。
(5)危機への備え
従来から実施されている「有事の際のBCP・コンティンジェンシープランの策定」(42.7%)に加え、「駐在員等の退避計画や対応マニュアルの策定」(25.3%)や「有事発生の危険性が高い地域への駐在員の派遣を制限」(17.1%)を実施している企業も目立ちます。
(6)インテリジェンス
リスク情報収集に関して、過半数の企業は主な取組みとして「国内外の政府発表、報道をモニタリング」を挙げています。約3割の企業が「専門機関が提供するデータベースを活用」および「社外組織と連携し、情報を収集」を挙げており、社外リソースの活用も進んでいます。
収集した情報を共有・議論する企業は4割弱となっています。一方で情報提供先の関心・課題事項をヒアリング(15.5%)したり、現場からフィードバックを受け、収集活動を改善(11.3%)したりする企業は少なく、情報収集の利活用のPDCAサイクル(インテリジェンスサイクル)が回っていない状況がうかがわれます。
【リスク情報収集に向けた取組み】
国際情勢の急速かつ継続的な変化や情報活用の効率化などの観点から、多くの企業においてインテリジェンス機能の強化が課題に挙げられます。自社で実現すべきインテリジェンス機能を定義したうえで、適時に経営・事業判断に反映される仕組みを整備・運用することが肝要です。
2.主要リスクテーマに関する企業動向
2024年5月運用開始予定の基幹インフラ制度では、特定社会基盤事業者※1は設備の導入や維持管理等の委託に関して特定妨害行為※2に対するリスクを管理する必要があります。特に委託先等の社外への対応を中心に、十分に対応しきれていない企業が散見され、今後取組みが進むことが期待されます。
※1:一定の基準に該当する国指定の基幹インフラ事業者
※2:基幹インフラの役務を妨害する行為(物理的な破壊やサーバー攻撃など)
特定社会基盤事業者は、委託先等の管理体制を確認するために種々のリスク管理措置をとることが要請されています。本調査実施時点で、何らかのリスク対応をしている企業は18社中13社以下と道半ばであることがうかがわれます。
(2)情報セキュリティ
サイバーインシデント対応の強化などの従来の対応に加え、「重要な情報の保存場所の把握」も重点施策として認識されているとみられ、今後、さらに海外での情報管理への対応が進展することが期待されます。
約半数の企業が「情報管理ルール策定や社員への教育等の心理的な防御策を整備」と「アクセス制御等の技術的安全管理措置」といった従来の管理措置を実施しているとみられます。一方、「機微な技術情報に触れる社内の人材を一元的に把握・管理」といった人の属性に着目した管理措置の導入状況は進んでいないとみられ、対応の重要性が今後高まりそうです。
(3)セキュリティ・クリアランス
2024年5月に法案が成立した「セキュリティ・クリアランス※」に関して、本調査実施時点では制度化されていませんでしたが、14.3%の企業が活用を検討していました。また、50.7%が「制度について十分に把握していない」と回答していましたが、制度がもたらす機会と負担・リスクを考慮したうえで、利活用の要否や社内体制の見直しを検討することが望まれます。
※セキュリティ・クリアランスとは、政府が保有する安全保障上重要な情報として指定された情報にアクセス可能な資格のことです。諸外国では導入・活用が進んでいるなかで、日本も整備を進め、2024年5月にセキュリティ・クリアランスに関する新法案「重要経済安保情報の保護及び活用に関する法律案」が成立しました。
【セキュリティ・クリアランス活用の検討状況】
(4)人権
紛争リスクの高い地域では深刻な人権侵害が起こり得るため、関連するサプライチェーン・バリューチェーンについて、企業の人権デュー・ディリジェンスの強化が求められています。しかし、情勢のモニタリングなどの実施割合はいずれも2割以下にとどまります。
企業としては、従前からの人権デュー・ディリジェンスや救済措置に加え、必要に応じて、人権保護に向けた各規制への対応や、紛争地域に関連するサプライチェーンのデューデリジェンス・救済措置の見直しを推進することが必要です。
【紛争リスクの高い地域に関する人権デュー・ディリジェンスの実施状況】
3.国際情勢と企業動向
ロシア・ウクライナ情勢が深刻化してから約2年が経ちましたが、ロシア事業の完全撤退や一部縮小を実施した企業のうち、約7割は武力衝突が発生してから6ヵ月以内に実施し、約9割は1年以内に実施しています。
ロシア事業から撤退・縮小した企業の61.1%が「侵攻に伴う国際社会からの非難」を理由に実施したと回答しており、経済的な理由よりも上位となっています。経営判断において、人道的な観点やレピュテーション毀損を懸念した可能性があります。
(2)米中摩擦を踏まえた中国事業
半数近くの企業が、「米国による輸出規制強化」と「中国による重要物資の輸出制限」を懸念するリスクに挙げています。近年顕著になっている、米中間の輸出規制強化の応酬に関する懸念が強いことがうかがわれます。
米中対立を理由とした中国事業の見直し状況として、「調達先の切替え・多元化」と「生産拠点の移管・多元化」が実施済み、または検討中の施策として上位に挙がりました。また、サプライチェーン多元化が検討される一方で、「中国生産の一貫体制の構築」を実施・検討している企業がみられることも注目されます。
【米中対立を理由とした中国事業の見直し状況】
(3)台湾情勢
台湾情勢で懸念されるリスクとして、41.8%の企業が「中国による重要物資等の輸出停止」を挙げ、首位となりました。一方で、他の項目にも約2~4割の企業が懸念を表明し、多方面にわたるリスクを注視していることがうかがわれます。
回答企業の40.2%が台湾情勢の関連情報の収集を進めている段階ですが、サプライチェーンリスクの洗い出しや駐在員等の退避計画策定など具体的な対策につなげている企業は2割以下にとどまります。
たとえば、サプライチェーンの途絶を約4割の企業が懸念リスクに挙げていることを踏まえると、対策は十分に進んでいないことがうかがわれます。
本レポートのPDFでは、地政学・経済安全保障における主要リスクに関してテーマごとに調査し、それに対する日本企業の取組みに関して動向を考察しています。下記からダウンロードできますので、ご覧ください。